理想と妄想のジャンクション

アメコミの感想、ブラウザゲームの記録、日々随想とか

やっぱ1回感想書いておこう

「見る前に考えた事」
・ジオンが勝利した世界線と聞いたが…
・どうもジオンを美化して考える人たちがいて、現実の政治にも「ジーク・ジオン!」的な熱狂を求める層がいるのをかなり問題だと思っているのだけど…今のご時世でジオン勝利を正当化する作品づくりになるのであれば、それはかなり危険ではないのか?
・過去の名作を作り変えた上で、その続き的な作品というのは…許していいのか? それはゲーム的な発想だけれども、アニメに持ち込んでいいの?
・ではなぜゲームでは許される?…ゲームは受け手がプレイヤーになって、内容に関与していくのが前提。ルート分岐という方式は、ゲームならでは? 「ギレンの野望」など、原作とは全く違った物語であっても、個人的なゲーム体験としてならアリ? 自分の中での違いがイマイチ明確にならないなぁ…
・ならアニメ版とかなり違う安彦良和氏のジ・オリジンは? 個人的には読んでいないけど…なぜか読みたいと思えなかったのは、そういった引っ掛かりを感じていたのかもしれない。
・…アメコミでは、ifルートの物語も楽しんで読めるのは何でだ? あっちはかなり好き勝手やった挙句、受けたら平然と正史に組み込まれたりするぞ。
・まぁ、好きになれそうもないけど、見てみるかなぁ…
・すいちゃんが挿入歌? よし、映画館行こう。

 

「劇場版見た感想」
・MSは…エヴァ? むしろガンパレード・マーチか? いつか慣れるかもしれないけど、今は好きではない。ジークアクスだけはなぜか許容範囲内。
・ウッキウキでガンダムに乗って、饒舌に語り活躍するシャアがむかつく。
・声の違和感は一瞬だけ。声が変わってもシャアの口調の再現度が高いせいか、意外と違和感を感じない。
一年戦争パートは面白いが、なんかむかつく。
・特にノリノリのシャアがむかつく。
・ゼクノヴァうんぬんかんぬんは、もはや何かどうでもいい。今後の物語内できちんと消化してくれると信頼できない。
・むしろ後半パートが面白い。
・ジオン勝利は栄光の宇宙世紀ではなく、新しい地獄の未来社会に過ぎないのか。
・作り物の世界を感じるアマテは、Zガンダムあたりの感覚でいえば「地球に魂を引かれている」といえるのかも。しかし、富野由悠季監督はV以降のガンダムを地球に帰る物語に変化させている。ジークアクスの物語は、富野監督の思想の変化を踏襲するつもりなのか? だとしたら感覚はカミーユよりもロランに近い? スペースコロニーの大地に虚構を感じ地球に憧れるアマテは、新しいニュータイプの形を示す?
・そういったところも含めて、1980年代に思い描かれた宇宙世紀と、2020年代に描かれる宇宙世紀の違い、現実の世界情勢や社会の変化を反映して、2025年に改めてガンダムというかZガンダムに類する物語を描くために、結末の違う1年戦争という大仕掛けが必要だったのか?
・ニャアンの難民/不法移民という立ち位置は非常に気になる。排外主義が加速している今の日本/世界の中で、ニャアンの物語がどう描かれていくのか、興味がつきない。
シュウジは…謎すぎて何も言えない…
・MAV(マヴ)…って、どうしても「タイマンしたら親友(マブ)だぜ」みたいな語感で、非常に引っかかる。(そういう意図なんだろうけど)…なんとかならんかったんか。
・見終わった後、色々思い返してみると、シャアの声は池田秀一氏の声で思い出される。不思議だ。

 

「テレビ版見終わった感想」
・まぁ、自分向きの話でなかったのは最初から分かってたはずだったのに、つい色々期待しちゃったのが悪いよね。
・すいちゃんの話する?

ろぼめ~わくではなかったようだ

 かなり久しぶりにTVアニメを見ている。

 TVアニメを~と言いながら、ネット配信で見てるのも環境やら時代やら、何というか色々変わった気がする。まぁそもそも、民放が2局しかない県なので、ほとんどのアニメはTVで見れない。のでしょうがない。

 今期のアニメで、さすがに「ジークアクス」が気になってアマプラを調べてたら更に気になるアニメがあった。

 「アポカリプスホテル」…竹本泉!?

 キャラデザだけみたいだけど、竹本泉氏の絵がついにアニメで動く!?…あれ? これまでなかったんだっけ???と自分の記憶に自信がなくなって調べてみたが、やっぱり竹本泉作品がアニメになった事はないらしい…多分「ゆみみみっくす」とか「だいな・あいらん」の印象で記憶が歪められていたようだ。

 で、中身見てみたら各所に竹本泉テイストが感じられる作品だった。「人類が去った地球で、残されたロボットが100年以上ホテルの経営を続けている」という舞台設定は、「ねこめ~わく」にも通じるところがあるし。(ロボット達が、魔術で異世界から人間(ゆりこさま)を召喚するネタを、竹本先生が1ページまんがで描いたりしそうじゃないですか?)

 「ねこめ~わく」には、人間がいなくても猫達が社会を守り発展させていく未来があったけど、「アポカリプスホテル」では、人間無しでは社会もロボットも朽ちていくだけで、大きな差があるけれど。

 竹本泉キャラの印象で、呑気な世界観を予想してたけど、むしろシビアな環境がしっかり描かれていた。今後が楽しみでもあり、恐ろしくもあるところだ。

ココ会長とはあちゃまのこと

 雑感です。情報価値は皆無です。

 

 先週、Vtuber桐生ココさん(ココ会長と呼ばれている)の卒業発表があり、ファンを含めた界隈がざわついている。

 ココ会長は、ホロライブを現在のVtuber最大手にのしあげた立役者で、Vtuber配信を英語圏に再発信した人物(ドラゴン)だ。業界に与えた功績は計り知れない。

 デビューから1年半、まだまだこれからと思われる時期に、急な卒業発表。理由についても多くは語られず、憶測やソースの曖昧な情報ばかりが増えている。…誰かの憶測が、あたかも真実のように語られるネット伝言ゲームが始まりそうだけど、周囲のVtuberや心あるファンが火消しに回っているようなので、今のところは大丈夫かなぁ?

 ファンの一人としては、静かに見送るしかないのかと思いつつ、ホロの配信を見ると、ココ会長が出ていてもいなくても、不思議な心苦しさがあって、まともに見れなくなっている。…あぁ、自分で思ってる以上にココ会長のことが好きだったんだなぁ…と、びっくりする日々である。

 と同時に、最推しのはあちゃまの事が心配だった。

 まぁ、すぐにはあちゃま当人の口から無期限休止が告げられたのだけど。

 何となく、ココ会長の卒業発表で覚悟はできていた。というか、覚悟しなくちゃいけないと理解できてしまった。

 これまで誰もが見ないようにしていた「ホロライブから卒業する」という選択肢の存在を、ココ会長に突き付けられたと思った。

 

 とはいえ、「はあちゃまのお知らせ」の配信サムネイルを見た時は、手足の先が冷える感触を久々に味わったけど。

 

 ファンとしては、ずっと見ていたいと思うけど、それでその人の将来を縛りたくはないとも思う。

 ココ会長もはあちゃまも、まだ若くて才能ある人である事に疑いはない。

 Vtuberだけではない。たくさんの選択肢がある人だ。

 ココ会長の卒業は、その新たな選択の一つだったように感じられる。(分からんけど)

 はあちゃまが、これからどんな選択をするのか、見守りたい。(そもそも見守るしかない)

 そして、出来る範囲で応援していこうと思う。

 

 しかし以前から感じていた事だけど、Vtuberはこの先、どこに行くのだろうか?

 2年くらい前、DWU嬢を契機にVtuberを見始めて、色々見る範囲を広げていくうちに、特に犬山たまきさんの配信で強く感じたのだけど、Vtuber業界は「バーチャルキャラクターの芸能界」を目指しているし、そうなっていくんだろうな、と思った。

 実際、多様なキャラクターが交流し、関係性を育てて、現実のタレントと同じようにコマーシャルに使われたり、楽曲をリリースしたり、芸能界化は着実に進んでいるように思う。

 

 できれば、生身の芸能人とは違う何かを生み出せる、新しい世界であると嬉しいんだけどなぁ…

はあちゃま帰って来るってよ

 昼前に「おはよ」とツイートして、たった3文字で全世界のはあとんを熱狂させたはあちゃま、今晩久々の配信をする様子。

 

 他人がやらない事をやる、唯一無二の存在であるところが好きだし、チャレンジする姿勢が大好きだけど。

 実は、毎回そうでなくてもいいとも思ってるのです。

 若いうちは分からないかもしれないけど、

 力を抜いて、楽をする事は別にズルじゃないので。

 

 人生、意外と長いんだよなぁ……

誰だって生きていかないといけない

 目が離せないと書いた直後に、はあちゃまは休止状態に入ってしまった。特に情報もなく…休止に至る理由はいくつも思いつくけれど、憶測で何か書いてもしょうがないし、待つしかないのが辛いところではある。

 ところで、この件に限らないんだけど、ネットって取材力も無いのに憶測で語る人、多すぎない?

 ネット記事なんか、電話取材すらせず、TwitterYoutubeだけをソースに書かれたものもよく見るし…「これが事実だとすれば」「私が考えるに」で始まるような、仮定の話に価値があるとは思えないんだけど。

 情報発信するなら、せめて取材して一定の裏付けを元に語って欲しい。

 一部の評論家気取りの、お気持ちで物申すYoutuber、ホント嫌い。

 

 嫌いを語ってもしょうがないので、最近面白かったアメコミの話でも。

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 「スーペリア・フォーズ・オブ・スパイダーマン

 タイトルにでっかくスパイダーマンと書いてあるのに、スパイダーマンは(ほぼ)出てこない。マーベルの悪役がメインのコミックなのだけど…

 主にスパイダーマンの悪役として有名なヴィラン集団、シニスター・シックスが、より凶悪な顔ぶれになって新しく集結!

 そのメンバーは、ブーメラン! ショッカー! スピードデーモン! ビートル! オーバードライブ!

 5人合わせて、シニスター・シックス!!!

 「5人しかいないって? 知ってるよ。ありがとな」(ブーメラン談)

 ……

 一応言っとくけど、この5人のうち誰一人として、マーベルの映画には出てません。コミックの中でも、悪事を働いているところに、(本来別の件で忙しい)スパイダーマンに見つかって、アクションシーンは端折られて、ウェブで吊るされてるシーンになってる事が多いような連中です。働いてる悪事も、適当に計画性のない銀行強盗な事が多いです。

 まぁ、そんな程度の、人気も認知度も無い連中の集まりなのです。

 (…今、なぜかカーレンジャーの「暴走戦隊ゾクレンジャー」思い出した。そんなに共通点もないのに)

 新生シニスター・シックスは、そんなうだつの上がらない、しかし成り上がりたいという欲だけは人一倍あり、今さら更生して真っ当な生き方もできないという、愛せないクズ達による烏合の衆。

 そんな彼らだって生きていかねばならない。稼いで食って飲んで寝て、時には贅沢もしたい。

 なので、能力を生かして強盗したりカツアゲしたり強盗したり強盗したりする。

 …本当に、救いようのないクズだわ。こいつら。

 ちなみにシニスター・シックスなのに5人しかいないのは、リーダーのブーメランいわく、見えない6人目を想像させ恐怖させるのが目的との事だが、多分、誰も入ってくれなかったんじゃないかと思われる。この辺りの姑息な間抜けさも…

 どうにも地味なメンバーによる、宇宙を救うような派手さも、正義を問うようなテーマ性も無い話だったが、これがとても面白かった。

 うだつの上がらない人生を送っているという意味じゃ、読んでるこっちも同じだしな!wwwwwwww

 という一点で謎の共感もあったりして。

 実際、巨大企業の社長や国家機関のエージェントよりも、安アパートで飲んだくれてる悪党の方が、生活感は近く感じるわけで…そういった、「ヒーローのいる世界」で、尊敬されない小物ヴィランをメインに据えた話は、なかなか斬新だった。

 シニスター・シックスの面々(特にリーダーのブーメラン)は人としてもクズで、簡単に嘘をつくし裏切るし、仲間を仲間とも思っていない、どうしようもない奴らだ。それでも、どこか嫌いになりきれないし、想定外のトラブルに慌てふためく様は滑稽で面白い。

 ストーリーは完結しておらず、続刊も予定されているようなので、期待したい。

 …1、2冊出して続刊が邦訳されない事多いのよ。アメコミって…

 

3/30のはあちゃまの帰還時に書くはずだった何か

 およそ3週間以上の『自分探しの旅』を経て、はあちゃまが帰って来た。
 どういう形での復帰になるのか、はあとんならずとも気になるところだったが、まさかの「Haachama × Akaihaato」ストーリーの完結編。
 3/3時点で、完結させるのが難しくなったと語り、非公開にされていたアーカイブも、直前にかなりの数が再公開されていた。
 ホロライブの中でどんな話があったのかは分からないけど、若者の挑戦をやり切らせる方に舵を切った事は評価したい。(年寄並感)…あと、ローションRFAのような、明らかにダメな物をきちんと事前に止めてくれるところも評価したいw
 時々見ていて「怒られろ」と思うような企画をぶち上げるけれど、若いうちはそれでいいと思う。安全に出来る表現の限界を知って、その中で模索していく「大人のやり方」を覚える前に、今の感性でしかできないことをやって欲しい。
 ネット時代はそれが炎上という形で、生命の危険もある事態になりかねないけれど、そこをうまく運営にコントロールしてほしいところだけど。
 個人的に、僕がはあちゃまを好きなのは、挑戦し続けて、変化し続けるところだ。
 一定のスタイルで続ける配信者もいて、続ける事の凄さという物も当然あるけれど、はあちゃまは勢い任せで、熟考するよりも行動するスタイル。それが、僕のようなオッサンにはとても眩しい。
 失敗して、配信をグダらせてしまう事も少なくないけれど、「自分はまだ未熟! 成長途中! また頑張る!」と切り替えて、次のチャレンジに取り組んでいく。
 この子はホントに若いんだなぁ…と感心するし、自分が同年代だった頃を思い出させられる。
 根拠のない自信に溢れて、上手くいかなくても、挑戦し続ければ何とかなると思ってたあの頃…………Fire Bomberの「Remember16」とかカラオケで歌いたくなってきた。
 閑話休題。話がズレた。

 

 ほぼ一月ぶりのはあちゃまの配信は「Haachama × Akaihaato」ストーリーに決着を付けるものであった。
 配信開始直後からしばらくは無言。虚無いはあと以降(50万人虚無耐久が初かも?)、時々やっている静止画とタイピングで進んでいく独特の演出が、はあちゃまの帰還を強く感じさせる。
 そして、ファンアートを元に作られた動画で「はあちゃま」と「はあとちゃん」の過去が新しく設定される語られる。
 仲良しだった双子の姉妹の片方が、事故で命を落とし…その後は???
 既に語られた過去の断片が、ピースの欠片を埋めるようにはまって……あれ? 若干形が悪いな? ピタリとははまらないぞ、これw
 まぁ、そんな感じで、全てを語り切るのではなく「ひょっとしたら夢オチ? よかった。首を斬り合う双子の姉妹はいなかったんだ」みたいな捉え方も可能な、含みを持たせた収まり方だった。
 ホラー映画テイストの物語としては、正統派エンドかもしれん。

 最後に、はあちゃまが画面に現れて、種明かしというか、裏話を始める。
 この辺りから、急激に同時視聴者数が減って、最大7万人から4万人くらいまで落ちていたのも印象的だった。作者自ら物語のネタバラシをする事を嫌うタイプの人も一定以上いるという事なんだろうか?
 裏話として語られる製作過程もまた、一つのエンターテインメントとして楽しいものだと思うので、自分はむしろ好きなんだけど。特に今回のような、特殊な作られ方をした物は、どういった経緯で生み出されたのか興味がある…

 と、思ったら、どうもこちらの想像以上に行き当たりばったりだったみたい。
 「はあちゃま」とは明らかに違うパーソナリティを持つ「赤井はあと」の帰還も、思い付きでやったとの事で…まぁ、この時点での「赤井はあと」の発言は、後々矛盾もしていくし、途中で旧衣装に着替えたあたりも、その場の思い付きっぽかったし、全体像が練られていない印象はあった。
 深夜12時の入れ替わりとかも、最終的にあまり意味を持たなくなったし。
 ただ、これをきっかけにどんどんアイデアが出てきたそうだ。それを惜しみなく、スピード感最優先で配信に投入していく行動力は、素直に凄いと思う。
 物語の設定は考えていたようだが、それを敢えて詳しく語らなかったとも言った。
 語らない事により、リスナーが余白を考え、考察をして、ファンアートやMMD動画、音楽、ゲーム、文章…様々な形で表現した。
 それをはあちゃまは尋常でないスピードで取り込んでいく。
 はあちゃまの配信数時間前にネットにアップされたファンアートが、動画に取り込まれていたりもしたらしい。
 自分の力が及ばない範囲の事に対しては、リスナーの力を借りて、また、リスナー発のアイデアも、いいと思ったものはどんどん組み込んでいく。(その過程でプロットすら変更してたんじゃないかなぁ?)
 このような形で、発信者と受け手との相乗効果で、何かが作られていくのは、過去にもラジオなどではあったと思うけど、ネットはスピードが段違いだ。リスナー発の素材のクオリティも段違いに高い。
 ネットアイドルというより、クリエイター、ディレクターの仕事ではあるが、スピーディーに直感的にYoutube配信で物語を編み上げていく様は圧巻だった。
 (後日行われたメンバー限定配信では、もう少し詳しい裏話が聞けます)

 さて。そんなこんなで一応落ち着いた「はあちゃま劇場」
 4月になると大学進学とも言ってたし、頻度は減りそうだけど、ちょっとは落ち着くのかと思っていたら…

 今度は、過去にタイムスリップしてる…
 歌配信の途中でいきなり昨年8月9日に戻ってしまい、最近の歌を「知らない。今流行ってるの?」などと言い、更に「5期生のデビューが楽しみ」「ENって何? 何の略?」「明日は誕生日」と畳みかける。
 翌日の記念凸待ちでは、来てくれたすいちゃんとわためちゃんを巻き込んで、本当にきわどい展開に…! (昨年8月の記念凸待ちがそもそも、最初にもう一人「はあちゃま」が出てくる滅茶苦茶なものだったのだけど…あれ?もう一人のはあちゃま? 実は 何かの伏線だった⁉)

 「次のアイデアは思いついた」とも言ってたけど、まさかこんなに早く行動に移すとは思ってなかった。
 ホント、目が離せない…

終末まで残り100秒(2021年1月時点)

 ※ネタバレあります

 そんなわけで久々にアメコミの感想。

 「ドゥームズデイクロック」をようやく読んだので。

 かの名作「ウォッチメン」の正統続編であり、DCユニバースとのクロスオーバー作品でもある。バットマンやスーパーマン、ジョーカー、レックス・ルーサーなどをはじめとして、DCの有名キャラクターが大挙して出演している。

 多くのキャラクターが絡み合って、最初にいくつも「ひっかかる」部分を準備した上で、読み進めるにつれ謎が少しずつ明らかになっていく様は、確かに「ウォッチメン」と似た読書感で、正統続編に相応しいと思う。
 分量もかなりのもので、読み終えた時の満腹感も凄い…のだけれど…

 基本的に物語の発端が、オジマンディアスの「計画に邪魔だったからDr.マンハッタン排除したけど、計画が破綻したからDr.マンハッタン連れ戻して何とかしてもらおう」というのが何とも…
 本当に世界で一番頭がいいのこの人?
 「ウォッチメン」での計画は「あくまでもコミックだから」と思って飲み込んだけれど(ハリウッドは飲み込めなかったようで、映画版では改変されてた)、さすがに2度目は苦しい…プランBとしては、あまりにも適当すぎる。…まぁ、これじゃないと話が始まらなかったとは思うけどさぁ。
 バットマンの行動もなかなか頭が固くて、読んでいて釈然としない…頭のいい人が急に頭の悪い事をやり始めるのは、クロスオーバーあるあるだけど…というかそもそもDCユニバースとウォッチメン世界とのつながりを描いた「ザ・ボタン」が全然伏線として機能しておらず、後半に入るまでバットマンが全然状況を把握していない。
 というか、フラッシュはどこ行ったの?
 ウォッチメン世界との繋がりを見せた「ザ・ボタン」では、物語に大きく絡んできそうな立ち位置だったのに、全く出てこない。フラッシュ本編で語られたサブストーリーがあったのかもしれないけれど、「ドゥームズデイクロック」を読んだだけでは投げっぱなしに見えて納得できない。
 ロールシャッハについても不満が残る。
 …彼がロールシャッハである必然性、あった?
 それこそメタ的なところにしか理由が無いような気がする。読者は確かにロールシャッハを見たい。それは確かだけど、ロールシャッハらしさの足りない2代目でいいかというと、それは違う。
 今回のロールシャッハの設定は、どちらかというと、バットウィングやハントレスのようなバットマンファミリーの新キャラのようだ。

 人気キャラクターのロールシャッハを復活させたいという、宇宙の意思なのだろうけど、もっとやりようはなかったのかなあ?

 

 物語の核は、Dr.マンハッタンが知ることになる真実で、我々が読んでいるコミックブックの世界の真実そのもの。この解釈を成立させたのはかなり斬新だと思う。
 時代によって、ただ一つの「世界の核」は形を変えるのだけれど、変わらない部分もある。そのことに意味がある事をDr.マンハッタンは知り、我々読者も再認識する。

 よくあるメタ視点の物語ではよく、作り物の世界を無価値と捉えたり、作り手や受け手の意思を敵視したり茶化したりするのだが、それとは全く違う。

 「今後、どのような変化があっても『スーパーマン』を起点としてDCユニバースは広がっていく」という事の意味を物語世界の中でも明らかにした。それは、我々『読者』が誰でも知っているものだが、物語世界/DCユニバース内においても、同じ価値を持って世界に影響を与えていた事が、世界を俯瞰するDr.マンハッタンの視点で確認された。
 DCユニバースは、第4の壁を飛び越えるのではなく、第4の壁の先と価値観を共有した。

 …凄いと思うのだけど…
 上に挙げたようなところが気になりすぎて、素直な感動を邪魔している感じは何だろう…

 微妙に、素直に感動できないこの感覚は何だろう…

 気になるので、もう1回読んでみるか…